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2011年 10月 26日
このところ。
某社ブランディングのミッションに取り組む関係から、 行く先々で漬物屋をみる。 主にデパちかなど。 日中のそこを、 ワタシが真剣な形相でうろつくわけで、 幾度も往来するわけで、 さぞかし訝しげに思われていることだろうw 対比的にスィーツ売り場も観察。 和菓子に洋菓子に、 惣菜も。 ミッションとは言えもうおなかペコペコである。 そして思うところを整理した。 和菓子は「格」で売らんとする。 洋菓子は「恋」で売ろうとする。 んで漬物は「記憶」で売っている~でしょうか。 和菓子の「格」は、 本物であること。 歴史的で伝統的、 あくまでもその延長線上(ラディカルであればなおさら)にあること、 日本の風土-環境文化と共にあることが、 麗しい豊かな暮らしであると和菓子屋は説いている。 洋菓子屋の「恋」は、 キラキラした魅惑をふりまくこと。 ワタシたちは魔法使いですよと誘う。 ほらアナタ魔法にかかりたいでしょ?と。 暮らし? いいえ夢ですよ豊かさとは~と洋菓子屋はささやく。 いずれもとてもデザインにコンシャスな業界である。 いわんやデザインがモノを売っている。 そう漬物だ。 多くの場合、 デザインにコンシャスとは云い難く、 それは「記憶」というノスタルジーの喚起に努めて売っている。 前掛けをしたオバちゃんから試食品をいただく。 とたんにある記憶がよみがえる。 それは誰しもが思い起こす故郷の味だったり、 何人もあらがえない実家での生まれ育ちだったり。 記憶はアイデンティティを呼び醒ます。 決してデザインを体裁とだけ捉えて云うつもりはないけれど。 要は(飾りじゃなくて)味でしょと漬物屋は微笑みかけてくる。 まるで母が子に問答無用であるのと同じだ。 和菓子や洋菓子は、 必需ではない貴重品から出発したが故に、 デザインにコンシャスなのか。 なくても困らぬ贅沢なモノであるという前提。 もうギブミーチョコレートから(?)。 如何に跳躍するか。 まあ甘味だし。 あえてそれらと比べてる。 漬物は必ず家にある、 なにはなくともそれさえあればの食には必須のモノだった。 空気のように水のように。 故にデザインにコンシャスであろうはずもなく。 ところが食文化は著しく移り変わり、 もはや漬物は贅沢なモノへと昇華している。 だって探せばそれは相応によい値段がするものなのだ。 しかしながら多くの人々には、 漬物は必ず家にある、 きまって定食についてくる無料の産品だと、 記憶されている。 むろんヨイものもワルイものある世界。 付帯しているモノ。 貴重なモノは自ずとデザインがコンシャスになり、 貴重ですよとデザインで売る。 これはある意味、 必然の成り行きであって当然の進化発展なのだ。 気がつくと貴重になってしまっているモノを、 貴重とは思えていない人に向け、 適格に理解評価してもらうため、 そのデザインを如何にコンシャスへと導くか? 若年の漬物ばなれは進んいて、 食べればほら「記憶」にほだされるでしょうといった、 売り方は変えていかざるを得ない。 これを前述のアナロジーで喩えれば、 漬物とはやはり「愛」で売る~でしょうか。 その「記憶」を持ち得ない人にも感応するような普遍の「愛」?。 ラブのボキャブラリーでは、 アガペー(慈愛)とストルゲ(敬愛)あたりか。 のデザイン~というミッション(斯様な理解に私はあります)。
by shibuya_drill
| 2011-10-26 19:19
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